最も大変だった1か月!アフリカ長期滞在中の私のマインド変化。世界一周旅行記21 in Tanzania

「アフリカで生活をしてみたい」

私がアフリカのタンザニアで1か月ボランティアをしようと思ったのは、そんな軽い考えからでした。

学生時代、ネパールの教育支援ボランティアを通じて途上国と関わってきた経験から「ビジネスを通じて国の経済、世界にインパクトを与えたい」と考えるようになっていた私は、
今ビジネスが大きく動いているアフリカという地域を自分の目で見て、自分の足で歩いて、現地の人と対話をしたい、と考えていました。

アフリカといっても50カ国以上あるので、一言で言えません。
治安の観点から行くのが難しい国もあるし、言語も宗教も国によって異なります。

そこで私は、いくつか条件を洗い出して当てはまる国に行こうと決めました。

・英語が通じるところ
・ホームステイができるところ
・ビジネス系のインターン or ボランティアで滞在できるところ

そこで見つけたのが、ProjectsAbroadの現地マイクロファイナンス企業でのボランティアでした。

卒論のテーマでもあったマイクロファイナンスに現地スタッフとして関われることに強く魅力を感じ、
現場を知ることができるのは今しかない!という思いから、4週間のボランティアに参加しました。

・マイクロファイナンスとは
マイクロファイナンスとは、日本語では小規模融資と訳される「貧しい人々向けに小口の融資や貯蓄などの金融サービスを提供すること」である。
1983年、ムハマド・ユヌス氏によって、バングラデシュの貧困層を対象に、比較的低金利、無担保融資を行うグラミン銀行が設立されたことが始まり。グラミン銀行のグラミンとはベンガル語で「村の」という意味であり、貧困を削減するためのプロジェクトとして始まった。「信用がないために高利貸しからお金を借り、生活のために稼ぐ、働いても働いても豊かにならない」という状況があった。そこで、貧しい人々に対し、信用貸しするフォーマルな機関を作ろう、ということから誕生したのが、ムハマド・ユヌスが設立したグラミン銀行である。
特徴として、担保を求めない代わりに5人による互助グループを作ることを条件とし、お互いが返済を助け合うような仕組みになっている。これは連帯責任、連帯保証の義務があるわけではない。また、法的な文書という形の契約ではなく、信頼を基盤にして機能している。
マイクロファイナンスが誕生したバングラデシュでは、1983年の誕生以来、返済率は90%を超えており、融資の使い道は500種に昇る。現在では、グラミン銀行以外でも、金融機関や地域ネットワーク、NGO、民間企業、というように、様々な手段でマイクロファイナンスを実施する団体が増えている。世界というフィールドで見た時、全世界の2012年のマイクロファイナンス利用者は9140万人を超え、市場規模は全世界で815億ドルである。
(私の卒論から引用)

実際の生活、仕事内容とボランティアを通じて「貧困」について考えたことは別の記事に書きます。

この4週間は、良いことも苦労もひっくるめて日本にいたら絶対になかったたくさんのことを経験し、感じ、考え続けた日々でした。
自分の中のマインド変化をテーマに、ゆっくりと振り返っていこうと思います。

◆あれ、歩くだけで叫ばれる。私ってなんか変?

タンザニアに来て一番最初の驚きは、道を歩いているだけで、「ムズング!(白人)」「チーナ!(中国人)」と指をさされることです。

黒人ばかりの中で生活していると、かなり目立つのも無理ないです。

最初はびっくりしていたのですが、知人からこれは現地の人にとっては当たり前の行動で、悪気はないのだと聞いて、慣れていきました。

現地滞在中に一番ショッキングだった出来事は、ただすれ違うだけで「f**king!f**king!」と言われたことです。

バスでわざとスワヒリ語で何度も行き先を聞かれ、答えているのに馬鹿にされ、他の乗客に笑われたこともありました。

日本にいると間違いなく生きているだけで「差別」されることはないと思います。

歴史上の事実として、差別と聞くと白人から黒人への行為だと思っていましたが、マジョリティからマイノリティ、力の強いものから力の弱いもの、など、なんだってあり得るのだと思いました。

この場所では、少なからず他国から来たボランティアスタッフたちも私と似たような経験をしていました。

何も悪いことはしていない、危害を加えていないのに、他者に嫌悪感を抱かれるのは、居心地の悪さを感じるということを知りました。

◆自分の居場所はどこ?日本人としての誇りはどこ?

もう一つ、滞在中に辛いなぁと感じた理由は、他のボランティアスタッフとなじめなかったところにあります。

1年間カナダに留学していたし、旅先で友達だって作ることができるし、英語に問題はない!と思っていたのですが、それが全く打ち砕かれました!!

私の他にもマイクロファイナンスのプロジェクトには6人ほどのボランティアスタッフが他国から来ていました。

その方たちの出身国は、オーストラリア、カナダ、イギリス、ドイツなどで、ほぼネイティブレベルで英語を話せる人達です。

仕事中は業務内容に関する、限られた話なのでまだついていけますが、雑談になると輪に入れず…。
もちろん自分から話しかける努力をしていたつもりでしたが、気を遣って話しかけてくれる人もおらず…。

仕事終わりにみんなでカフェに行っても、週末に観光に行っても、全然楽しめなかったんです。

もし私が英語ネイティブの国に生まれていたら…、もし帰国子女だったら…。

1年の留学で追いつける英語と、ネイティブレベルの英語の圧倒的な壁を感じました。

だんだん日本人である自分が恥ずかしくなっていき、そう思ってしまう自分がまた嫌でした。

日本人として生まれたのが恥ずかしいと思ったのは、今まで23年間生きてきて最初のことです。

また、他人からの評価も、私の行動一つで「日本人は~~」と変換されてしまいます。まさに日本代表を背負っている気分です。

私も今まで出会ってきた外国人の友達の発言や行動を見て、「○○人はこうだから~」と無意識に考えていたのでは、と実感しました。
そうではなく、個人なんじゃないか、目の前の人個人が考えていること、話していること、行動していることであるのだと、考えられるようになりたいです。

◆ストレスに強い自分が弱くなるわけない

あー、毎日大変だなーと思って過ごしていたある日気づいたのです。

「最近夜眠れてないなぁ」

寝つきが悪い、夜中に何度も目が覚める、ひどいときは一睡もできずに朝になることもありました。

最初はマラリア予防薬の副作用かな?と思い、薬を飲むのを止めました。

しかし状況は改善されず…。

もしかしてストレスが原因しているのか、いやまさか私が…と疑い始めました。

ストレスになっていたのは、人間関係だけではなかったと思います。

・娯楽がない環境
・おいしいけどパターンが同じの食事
・最寄りのWiFi環境がバスで40分の距離
・「安全」が保障されていない環境
(家には大きなセキュリティゲート、19時以降の外出は極力控えるというルールがありました。)

これらのことが少しずつストレスとなっていたのではないかと、振り返ってみて思います。

◆もう無理早く帰りたい

2週間目の途中で、私は帰りたい度MAXになっていました。

持ってきた1DAYコンタクトの残り枚数を数えたり、手帳に毎日チェックを入れたり

「あと何日でこの国から出られる。日本に帰れる。」と毎日毎日考えていました。

日本にいる友達や家族と電話して勇気をもらっていたこともあります。

自分が行きたいって言って始めた世界一周であり、自分がやりたいって言って始めたアフリカでの生活だったのに、「帰りたい」と考えてしまうことが、とっても悔しかったです。

◆そんな私の変化のきっかけは「逃げた時」

週末、ボランティアメンバーの人で旅行に行くと言っていたのですが、私はそれを断り隣国ケニアに行こうと決めました。

ちょうど知人がケニアに滞在していると聞いたので、1泊2日の週末ナイロビ旅行を計画しました。

その時の旅行の記事はこちらです。

この旅行中に人との出会いを通じて二つの素敵な出来事があり、マインド変化に影響を与えたのです。

一つは、滞在先で出会った初対面の日本の人が、私の人間性を褒めてくれたことです。
タンザニア生活で、完全に自信をなくしていましたが、そもそも人として恥ずかしいことは何もないということを思い出した瞬間です。

二つ目に、大学のサークルの先輩と、その先輩で国連で働いている方と一緒に鍋を食べたことで、日本の温かさと本来の自分を思い出したことです。

日本から遠く離れた地で、自分の使命を全うして働いている人と話したことで、自分の悩みの小ささに気づきました。私にはもっとできることがある、やりたいことがある、という明るく強い気持ちが湧いてきました。

思い返すと、この二つの素敵な出会いが影響し、「自分なんて」と卑屈になっていた私が、自信を持って自分らしく過ごそう変わることができたのです。

本当に感謝しています。

◆環境を覆せ

そこからのタンザニア生活は、「とにかく言い訳をしない」というモットーで過ごすことに決めました。

・英語が完璧じゃないから
・日本人だから

そう言って諦めるのではなく、今ある環境を覆すのは自分しかいない、だから全力で立ち向かおうと思いました。

成長環境はいつだって自分で作り出すものだ、と強い気持ちをもち、何度も何度も心の中で唱えていました。

◆そんな私のモチベーションとマインド変化

具体的に何が変わったかというと、3つあると思っています。

チャレンジ精神をもつこと、本来の目的を再認識すること、そして意図的にポジティブになることです。それを行動に落とし込んでいきました。

1.YESマンになる

まずは飲みの誘いも、仕事でのチャンスもとりあえずYES!と答えることです。

最初から断るのではなく、とりあえずやってみる、とりあえずチャレンジすることで人間関係も仕事の幅も広がっていきました。

ちょっと憂鬱なことでも、案外やってみると面白いことってあるんです。

2.スワヒリ語の勉強

毎日の生活が大変だと、本来の目的を忘れてしまうことがあります。しかし、私がタンザニアに来たのは、アフリカという現場を知りたいという想いです。

だとしたら、もっと現地の人と仲良くなりたい、もっと現地の人の生活の近くに行きたい、と思い、仲良くなったタンザニア人にスワヒリ語を教えてもらい、勉強をはじめました。

ボランティアで来る海外のスタッフは、みんなほとんどスワヒリ語を話せません。

だから少し話すことができるだけで、とても喜ばれます。

マーケットのおばちゃんや、道で声をかけてくる人とスワヒリ語で話すことも楽しみになっていきました。

3.常に笑顔

最後は楽しい時も、楽しくない時も、常に笑顔で楽しんでいるようにすることです。

私の好きな英語のフレーズに、「Fake it, till make it」という言葉があります。

訳すると、「実際にそうなるまで、そのふりをしなさい」ということです。

例え楽しくなくても、楽しんでいるようにしていると、実際に楽しくなってくる、ということです。

つまんなそうにしているよりも、ニコニコ楽しそうな方が周りの人も話しやすく、一緒にいたいと思うでしょう。

 

私がタンザニア滞在を通じて実感したのは、モチベーションとマインドの変化によって、行動が変わってきます。

行動が変わると自分にも周りに影響が出ます。

環境は努力次第で変えられる、自分で成長の機会を作る。長いタンザニアにいる期間でまた一つ、自分をアップデートできたのではないでしょうか。





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